チン州のインド国境、リーコーダ(Rihkhawdar)に行ってきた(その1)

myanmar india border Rikawdar

「何も見せなくても自由にインドに行けるよ」と、チャーターした車のドライバーKさんが盛んに力説する。インドのビザを持ってない私だったが、彼の言葉に心が惹かれた。ここリーコーダ(Rihkhawdar)・ゾーコーダ(Zokhawthar)の国境は2018年8月に外国人にもオープンになったばかりの国境で、インドビザさえあればインドに入国できる。

ヤンゴンから夜行バスに乗って約20時間、北部チンに近いカレー(カレーミョ)に到着した。カレーで一泊した後、朝8時に国境に向かって車で出発した。カレーから国境まではハイエースなどのワゴン車を使った路線バスも走っているのだが、今回は贅沢して車をチャーターした。

標高2,000m前後の山々が連なるチン州、車はアップダウンを繰り返しながら、国境の町リーコーダに到着した。午後5時半、もう薄暗くなり始めた頃だった。道中、寄り道したり写真を撮ったりで頻繁に車を止めたので時間がかかったが、寄り道せず真っ直ぐに来ればたぶん午後2時か3時ぐらいには到着するはずだ。

翌日、国境に向かった。小さなHarhva川を渡る橋が国境ゲートだった。橋を渡る人たちを見ると、みな素通りだ。イミグレはあるが、誰も気に留めていない。車のドライバーのKさんが力説していた通りだった。でも、それはミャンマー人の話で、外国人は正規のインドビザがないと渡ることはできない。

う〜ん、どうしよう。すぐ目がインドだ。インドビザは持ってないけど行きたい行きたい行きたい。そうだ、いいことを思いついた。イミグレの許可さえもらえばいいんだ。

橋の左側にあるイミグレでは係官が一人暇そうにしていた。
「インド側に行きたいんだけど、何も見せなくていいの?」
と、ミャンマー語で聞いた。
「だいじょうぶ。何も見せなくていいよ」
やった!! これでちゃんとイミグレのお墨付きをもらった。ただし、私が日本人だということは秘密だ。

50mほどの橋を渡りインド側に着いた。おおー、インドだ!!! 10年ぶりのインド。インド側のイミグレにいる係官はあの妙に足が長い「インド人」だが、こちらでもチェックは何もなし。国境を渡ってすぐ右側にはバイク数台と数人の男たちがいた。こちらは足の長いインド人ではなく、日本人と似ているので地元ミゾの人たちだろう。バイクタクシーだと思い、声をかけた。

「Bike taxi?」
と話しかけると、
「・・・・・・」
通じない。私の英語の発音がおかしいのか? では、スマホの翻訳アプリVoiceTraを使ってヒンディー語で話しかけようと思い、スマホをゴチャゴチャしていると、何やらミャンマー語(ビルマ語)のような声が聞こえてきた。もしかしてミャンマー人?

そうだった。ミャンマー側から毎朝出稼ぎに来ている人たちだった。それだったら話は早い、バイクタクシーに乗って市場に行ってみることにした。

ここインド側のゾーコーダの町にいる人たちは、ミャンマー側のリーコーダの人たちと見かけはほとんど変わらない。多くが地元のミゾの人たちなんだろう。ただ、子どもたちが着ている学校の制服はインドでよく見かけた制服だ。家は石とコンクリート造りが多く、ミャンマー側の家よりしっかりしているように見える。そういや、ボーダーにいたような「インド人」は見かけないな。などと、バイクの後ろのシートから町をうろうろ眺めているうちに、市場に着いた。

小さな市場では、半野生で半家畜のミトン牛(ミャンマー語ではナッナウ)の肉を売っていた。雑貨屋を覗くと、インド製、ミャンマー製、タイ製、中国製と国際色豊かだ。八百屋で話しかけてみると、なんとミャンマー側のミゾ人で、ミャンマーのチャット紙幣も通用した。国境の町だけあって、インドもミャンマーも入り混じっていた。まあ、元から住む地元の人たちにとっては、勝手に後から国境が引かれただけなので、国の違いはあまり関係ないのだろう。

八百屋のおばちゃんとミャンマー語で話をしていると、
「どっから来たの?」
と聞かれた。
「ヤンゴンから」
「民族は?」
私のミャンマー語の発音がおかしいかったからだろう。正直に日本人と言いかけたが、
「中国人だよ」
ついつい嘘をついてしまった。中国人は日本人にも顔が似ているし世界中どこでも住んでいるから、私が中国人と答えても怪しまれることはない。

あまり長居をして外国人だとバレてしまうのはまずいかもしれない。そろそろミャンマー側に戻ることにした。

帰り道、バイクタクシーのドライバーに聞くと、いつも乗せている客はミャンマー側から商売に来る人たちだという。私のような観光客は珍しいらしい。ましてや、外国人を乗せたことはないという。

ボーダーに着いた。ミャンマー側に戻るためにまた橋を歩いていく。途中、足の長いインドの国境係官とすれ違ったときに、「ハロー」と声をかけられた。とっさに「ミンガラバー」と返してしまった。本当のミャンマー人だとミンガラバーなどとは挨拶しないのだが。などと、内心ちょっとビクついていたが、何事もなくミャンマー側にたどり着いた。

 この国境がなぜノーチェックなのか、何人かに聞いてみた。すると、共通して出て言葉は「ナーレーム」だった。そういえば、このナーレームという言葉はミャワディ・メーソートの国境でもよく聞いた。ナーレームは「お互いにわかり合う」という意味だが、「暗黙の了解で相手に便宜をはかる」というようなときにもよく使われる。この国境のように地元の人たちに便宜をはかる場合もあるし、こっそりと賄賂を払うような場合でも使う。

もともと、地元の人たちは昔から自由に行き来していた場所だ。それに、大掛かりな密輸などは起こりようがない辺境地でもある。なので、地元の人たちのために行き来を自由にしているのだという。たしかに、国境の橋を見てもあまり往来はないし、大きな荷物を持っている人も見かけない。

ということで、ここはフリーパスの国境となっている。といっても、外国人は別だ。白人は絶対に無理だと地元の人たちも言っていた。アジア系でも外国人ツーリストだとすぐわかるような格好をした人も難しいだろう。

ところで、このブログを見て私と同じようにインドに渡ってみようと思った人はご注意を。万一インド側で発覚すると大変なことになる。インドで不法入国で捕まると非常に厳しい扱いを受けるという話だ。

 チン州のインド国境、リーコーダ(Rihkhawdar)に行ってきた(その2)

※リーコーダ・ゾーコーダの国境はこちら

 

チン州のインド国境、リーコーダ(Rihkhawdar)に行ってきた(その2)
(ニャウン)チャウンタで日帰り川水浴
 

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2019年12月11日(水)

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