ミャンマーの沙羅双樹

ミャンマーの沙羅双樹

昨夜、友人からスマホの写真を見せられた。
「この花知ってる?」
厚ぼったい赤紫色の花びら。質感はチューリップのよう。中心が奇妙だ。白い舌のような花びらがクルリとUの字に曲がって、その先にたくさんの黄色い雄しべだ。花瓶に飾られていたが、実際には茎がないので棒にさしているのだという。この花、きれいというかなんというか、かなりインパクトの強い個性派だ。ちょっと、食虫植物のような雰囲気もする。

このときは私も名前がわからなかったが、今日になってふと思い出した。もしかして・・・ 以前ミャンマーで撮った写真を見返した。たしか、ダヌピューに行ったときに撮ったはずだ。

見つけた!

昨日友人に見せてもらった花とそっくりだった。ミャンマーでの名は ルンバニ・インジン。幹にビルマ語で書かれた名札が下がっていた。日本だと、沙羅双樹(または、サラノキ)と言われている花だった。

祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす

あの平家物語の冒頭で出てくる木だ。サンスクリット語ではサーラまたはシャーラといい、仏陀入滅のときに4方にこの木が2本づつあった。それで、日本では沙羅双樹(または、サラノキ)となった。学名は Shorea robusta で、英語では Sal tree、ヒンディー語ではサールという。

日本では沙羅双樹は仏陀入滅のときの花として知られているが、ミャンマーでは誕生のときにもあった木だとされている。それで、仏陀生誕の地ルンビニ(ルンバニ)の名称が頭に付いてルンバニ・インジンとなるわけだ。

でも変だ。Wikipediaを見ると、「春に白い花を咲かせ、ジャスミンにも似た香りを放つ」と書かれている。それに、画像検索すると全く違う白い花も出てくる。なぜだ?

ネット検索しまくり、ちょうど日本から来ているミャンマーの動物・自然の第一人者、大西信吾さんに電話をかけ、超博識のミャンマー研究者、石川和雅さんにもメールを出しやっとわかった。この木は沙羅双樹ではなかった。和名はホウガンノキ、英語だと Cannonball tree、学名 Couroupita guianensis、ビルマ語名は Amyauk san bin だ。何と南米ギアナ原産の木だった。

南米原産のこの木、もちろん仏陀の時代にインド大陸にはなかった。でもなぜか、ミャンマーだけでなくスリランカ、タイ、カンボジアで仏陀生誕の木として崇められている。

本当の沙羅双樹(サラノキ, Shorea robusta)はインド大陸北部が原産。小さくて白い星形の花は可憐で、ホウガンノキとは似ても似つかない。

この木に種として近いのがミャンマーではインジン(Ingyin, အင်ကြင်)、タイではラン(これも紛らわしい名前だ)と呼ばれている木だ。種が近いだけあって、インジンはサラノキと似ている。ミャンマーでは中央乾燥地帯に多く自生しているが、ヤンゴンなどの雨の多い地域にはにはほとんどないそうだ。

ミャンマーでは一般的に、ルンバニ・インジンだけではなく、このインジンも仏陀生誕の木とされている。でも、ミャンマー人が思っているインジンの木は本物のインジンではなくてホウガンの木だ。ミャンマー人2人に写真を見せてみた。2人ともホウガンノキをインジンと言って譲らない。ミャンマーでは常識中の常識なのだ。それは間違っていると私が説明してもなかなか理解してくれない。私は常識がない嘘つきだと思われてしまったようだ。

なぜ仏陀の時代にはなかった南米原産の木が仏陀の木になってしまったか。このあたりを解説しているページがあった。日本語のページだとこちらだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hsm88452/37244444.html

英語だとこちらがかなり詳しい。ビルマ語の百科事典のページの画像もある。
http://sylvanstroll.blogspot.com/2015/03/the-tree-associated-with-birth-of-buddha.html

こちらでは、スリランカの国立植物園の園長が間違いを認めている。
http://www.sundaytimes.lk/070916/News/news00026.html

このホウガンノキがスリランカに最初に持ち込まれたのは1881年で、それがなぜか沙羅双樹として崇められ、東南アジアの仏教国へ広まっていったようだ。まだ100年ちょっとしか経ってない。しか今では、スリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジアでホウガンノキが沙羅双樹になってしまった。ヤンゴンのカンドージ湖の自然公園にもホウガンノキがあるが、Shorea robusta と、沙羅双樹の学名が書かれている。

全てのものは移ろいゆく。沙羅双樹がギアナ原産に変わってしまったのは諸行無常そのものかもしれない。

ガバナーズレジデンスの朝食&プールを楽しんできました
パダウかバダウか、それが問題だ
 

コメント

ゲスト - ちー 投稿日: 2019年03月27日(水)15:54

こんにちは。
すごく興味深く拝読しました。私はこのホウガンノキを、バゴーのチャッカワイン僧院の敷地ではじめて見ました。そして、どこかでこれが沙羅双樹だと見た記憶があったので、私もそのホウガンノキを沙羅双樹と今まで思い込んでいました。ミャンマー人が、沙羅双樹だというなら、それでいい気もしますね笑。本物の沙羅双樹より、こちらのほうが、ブッダの誕生や入滅にふさわしい花のようにも感じます。

こんにちは。 すごく興味深く拝読しました。私はこのホウガンノキを、バゴーのチャッカワイン僧院の敷地ではじめて見ました。そして、どこかでこれが沙羅双樹だと見た記憶があったので、私もそのホウガンノキを沙羅双樹と今まで思い込んでいました。ミャンマー人が、沙羅双樹だというなら、それでいい気もしますね笑。本物の沙羅双樹より、こちらのほうが、ブッダの誕生や入滅にふさわしい花のようにも感じます。
Goto Osami 投稿日: 2019年03月28日(木)00:26

私もふとしたところから、沙羅双樹の間違いを知りました。今度は本物の沙羅双樹(インジンの花)を見てみたいです。本物は材木として切られることが多く、ミャンマーの中央部の辺鄙なところにあるそうです。

私もふとしたところから、沙羅双樹の間違いを知りました。今度は本物の沙羅双樹(インジンの花)を見てみたいです。本物は材木として切られることが多く、ミャンマーの中央部の辺鄙なところにあるそうです。
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