ミャンマーには見た目が味噌に似た調味料、ポンイェジー(ပုန်းရည်ကြီး)というのがある。あずき色でねっとり感や舌触りは味噌に似ている。味は味噌とは違い、多少の酸味と若干の発酵臭と豆の素材感を感じさせる。このポンイェジーはミャンマーでは誰でも知っている有名な調味料だが、なぜか生産しているのはバガン・ニャウンウー地域だけだ。この不思議な調味料はどうやって作られているのか、以前から見てみたいと思っていた。
訪ねたのは、ニャウンウーのシュエズィゴンパゴダのすぐ近くにある「シュエオッオー」だ。
ポンイェジーの原料はペービザッ(ပဲပိစပ်)と言われる豆。以前ミャンマーの納豆を調べていたとき、初めてこの豆の名前を耳にした。ミャンマーでは大豆(ペーボウッスィ)とこのペービザッを混同している人がけっこういるが、ペービザッは英語ではホースグラム(horse gram)という大豆とは別の豆だ。また、ペービザッはミャンマーではポンイェジーの原料として使うくらいで、一般にはほとんど流通していない。
このペービザッを数時間グツグツと煮立てる。すると豆のエキスがお湯の中に溶け出す。その豆のエキスが入った煮汁を別の容器に取り出す。煮汁が少なくなると水を足してまたグツグツと煮る。こうして豆はすっかり出し殻になってしまい、最後には豚の餌となる。
煮汁は別の大鍋に入れられ、弱火で水分を飛ばしていく。このときに使う燃料はピーナッツの殻だ。数時間ゆっくりと煮詰めていくと、水分が蒸発してねっとりとしたポンイェジーが姿を表す。これを冷ますと出来上がりだ。まだ温かいポンイェジーを口に入れると、ほのかな酸味が香るまさしくポンイェジーの味だ。
早朝豆を煮始めて、夕方にはポンイェジーが完成する。これは発酵を全く行っていないタイプのポンイェジーだ。ポンイェジーには発酵させるタイプもある。ツボの中に煮汁を入れて1〜2日経つと自然に発酵する。発酵したものを口に入れてみると、酸味が強くなっている。納豆菌による発酵や麹菌による発酵と違う。乳酸菌による発酵のような味がする。このツボで発酵させた煮汁は発酵させていない煮汁とミックスし、それをまた煮詰める。これで発酵タイプのポンイェジーの出来上がりだ。
ツボの中の煮汁は発酵した後に大鍋の中に戻すのだが、少量をツボの中に残すという。次の煮汁を発酵させるための種にするというわけだ。この家でポンイェジーを作り始めたのは1964年。54年前の発酵菌の子孫がこのツボの中に入っているのだろう。
ポンイェジーがいつから作られているのかははっきりしない。あるミャンマー人の作家はバガン王朝時代(700〜1000年ほど前)からポンイェジーが存在すると本に書いているが、はっきりした証拠はないようだ。ただ、豆の煮汁を利用するというのはミャンマーでは今でも一般的な料理法としてある。例えば大豆を煮た後、その煮汁でスープを作ると格別な味がするという。豆の煮汁を利用するうちに自然とポンイェジーのようなものが出来上がったのかもしれない。
ここシュエオッオーのオーナーの話では、煮汁の中で最も美味しかったのがペービザッだったので、ポンイェジーではペービザッを使うようになったという。また、ペービザッは乾燥に強かったため、バガン・ニャウンウーなどの乾燥地帯で昔から栽培されてきたそうだ。こういういくつかの理由でポンイェジーにはペービザッが使われるようになったのだろう。
ただ、他にもまだ謎は残る。なぜバガン・ニャウンウー近辺でしか生産していないのか。発酵は本当に乳酸菌によるものなのか。それに、一般のミャンマー人はなぜペービザッは大豆のことだと勘違いしている人が多いのか。でもまあ、そんなことはどうでもいいことかもしれない。ということで、ポンイェジーを味わってみよう。
実は、ポンイェジーをそのまま食べてもそれほど美味いものではない。少しの酸味と豆らしい味はするのだがちょっと微妙。旨味成分が足りないのかも。しかし、料理に使うと違ってくる。ポンイェジーを玉ねぎ、塩、油と一緒に和え、ごはんの上に乗せて食べるのが最もシンプルな食べ方だ。これは家庭でよく食べられている。レストランでも出てくる料理というと、ポンイェジーが入ったウェッターヒン(豚肉煮込み / 豚肉カレー)が有名だ。豚肉の肉々さがまろやかになり、酸味が爽やかさを与える。これは私の好物のひとつだ。
あれ? ミャンマーカレー(煮込み)はいろいろと種類があるが、ポンイェジーを入れるのは何で豚肉だけなんだ? また謎が生まれてしまった。
(写真・文:後藤 修身)